心象万華鏡・15/旋頭歌

流木に「根つこは何処に置いてきたの」と
ほんたうは訊きたかつたよ、ほんたうだつたら

せつかちか愚図かは不明 左の肩が
凝つてゐて手漕ぎボートがまた進めない
 
苛立ちはうつすら積もる埃みたいで
両端を残し世界が白茶けてゆく

爪先を浸し踏み込む海は羊水
沈まずにひたすら潜る螺旋のスープ

自我といふ世界樹の根が捩れてゐます
ヴェルダンディ・ウルト・スクルト、ギヌンガまでの

によきによきと生えたビルたち、谷間の道は
迷ひ道 あとなとたなのに、だとれが嗤ふ

あなたとは死んでしまつたあなたとあなたの
はずなのに 生きるわたしも、あなたゞつたの?

寄り掛かつてゐたのはわたしで、だけどあなたで
囚はれたのはあなた、でもわたしだつたの?

あの夏の日があちこちで手招いてゐて
あの夏はどの夏なのか いまゝた夏です

歪む時空 亡骸に取り縋つて泣いた
痛みとか、あなたの言葉の痛みが散らかる

一対の合はせ鏡のつもりでゐたのに
万華鏡 一番とほくのわたしがわたし

硝子の目の知らないわたしが覗き込むのは
魔女の鍋 出来たての毒林檎を齧る
 
かごめかごめ 夜中の真昼、とほくの隣で
母さんが昔の明日を産めずに埋めた

流れ込むあなたの意識、それは何処まで
本物で偽物なのか きつとわたしも

次々に扉が開く 少女のわたしが
泣いてゐて、幼児のわたしが笑つて拗ねて

覚えてゐる一番最初の記憶の中で
欲しがつたすべ/\の石 甲羅の欠片

三十二回目のあの日がもうすぐ来ます
「おかあさんおなかゞすいた」 あの日、産まれた

何処までがわたしの記憶? 何処からあなたが
植ゑたもの? シャムの双子がまた夜泣きする

いま涙が土にゆつくり沁み込んでゆく
瞬間は永遠だから 螺旋が見える

わたくしの記憶の海はあなたとあなたと
わたくしの重なり合つた海 表、裏

深いほどあをい時間は二次元ゆゑに
中心に空洞を抱く 生まれたての球

わたしには見えないわたし、あなたに見えない
あなたです 鏡の世界に鈴の音が、鳴る

境界がひとつ聞こえた、たつたそれだけ
海亀が安心といふ卵を産んだ

逆さまに握つたメスといふ命綱
水圧に抗ふまでもないわけは浮力

砂浜に打ち上げられて見上げた空が
宇宙とふ、この同心円が波紋のやうに
 
あなたが逝つて怖くて潜れなくなつてゐた
重力の底へと潜る勇気はあなた

癒えないなら、その瑕ぐちをつぶさに見ろよ
どうせなら押し開くやう中まで見ろよ

いつかまた潜りに来るよ あなたとあなたに
会ふために いつかまた思ひ出しに来るから

世の中の色といふ色、どれも眩しく
綺麗だ、と震へる心 響け木琴

足元があんなに脆い不毛の砂丘
だつたのに 朝の牧場はやさしい香り
 
別に何が変はつたわけでないのだけれど
輪郭がちよつぴりは濃くなれたのでせう

この胸に抱き続けてゐる自我の海
深くあをくもうすぐ太古、さつきは未来

父親のあなたはそれでもわたしの子ども
だつたから ちひさな骨が軽くて重い

洗ひ髪のしづくが踵に辿り着くまで
湯上りの素肌を野生の夜にあづけて

麻酔きれる 時に好んで締められもした
首筋へあなたの指の形の痣を



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