心象万華鏡・14/短歌

姫さまの耳はシャコ貝 水撒きのホースの中に囁いてみる

脳みその中の何処かゞ半透膜 血沈速度は測りたくない

曇り空 余計に見えない境界に手前の海がいじけてゐます
  
  たぶん明日、見ても感じはしないだらう いつもの茂みにあの夏がゐる
 
  がむしやらに両目も瞑つて駆け上がる階段 海が込み上げて来る
 
仰向けで眺める夜空 隆起せよ、隆起せよ土、津波みたいに
 
  まんなかへんくらゐでへによつてしやがんだらこの坂道が「泣いてもいゝよ」つて
 
  アパートの外階段にぼんやりと昼の残像 行つちやうの、けふ?

 なぜずつと忘れてしまつてゐたんだらう あの日あなたと登つた階段

素潜りのやうな心地が久しぶりに 聞こえるものは血流と心音

  スプリンターとして生きてゐるやうでゐて案外、実はマラソン・ランナー
 
  指しやぶりして赤ちやんに帰る気はないけどけふはナルコレプシー
 
歴史には逆行なんてありえずに源だけはつねに源
 
  危うい、と言はれた意味はフォッサマグナ 実感できて今朝の遠峯
 
  とりあへずレア・ステーキを食べませう 闘争的になりたいぢやない?
 
  塞き止める、塞き止めるんだ、と呟いてなにリキんでんの? と泣き笑ひして
 
  さゞ波のやうに林の先つぽがうねつてくれるから あの香り
 
  カサブタの下にゆふべを眠らせて グラスのペリエの表面張力
 
  紛ひものゝの灯りに焦がれはたはたとパニックを鳴らすとんぼ、か細い
 
  切れかけた蛍光灯がしやくりあげる 斜めに逸らした視線と、汗と
 
  運河には真昼の灰汁が浮いてゐて ペルソナよりもシャドーなのかも
 
指揮者より半拍遅れのカスタネット 高揚しきれない胸のまゝ
 
  美しい、獣の曲線うけついだあの肩越しに見えたインド洋

龍よりは蛇みたいだね 身悶える螺旋階段、そつとさすつて

河口では優柔不断のカタチしたうづの悲鳴に出会ふ おゆきよ
 
  土地と共にある証だ、とノスタルジー 港の波も感じてゐるの?

またゝいて極彩色のネオンサイン こゝにもちやんと境界がある

気だるげな午後の余韻は夜に咲く 扉の向かうの坩堝に急げ

肌も髪も瞳の色も違ひます なのに会へたね、この瞬間に

  アラビック、ウルドゥ、ターキー、エスパニョール、ポルトゲーザと英語 ぬくもり
 
  人がゐる 亀の甲羅がゴンドラである証だけ結晶にして

  ちつちやな目のスモウ・ボーイの憂鬱もコスモポリタン 交差点です

  ほろ酔ひを醒まさないやう、横たはる都会の夜の上辺、泳いで

熱帯の記憶、刻んだ排気ガス 纏はりつけば少し弾ける

既視感に似てゐて懐かしいんです かつてはひとつだつた大陸
 
興奮はだけどかすかに淋しくて ほのかに時限爆弾ぽくて
 
  不条理はやさしく、やさしく、呑み下す 解放区なら駅みつつ先
 
煤といふカタチは不完全燃焼 孤独な煙突、もう泣かないで

地下鉄は迷子ばかりを匿つて唸るしかない 産道の夢

肉体は所詮いづれは朽ちるもの 琥珀の中に閉ぢ込めるこゑ

ない、といふ実感だつてある、といふ実感なしにない ガイドライン

   クルンテープ、微笑むやうに嘆きます あるいは木漏れ日そのものゝやうに

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