心象万華鏡・13/旋頭歌

くちびるへかすかに浮かべまた忽ちに
とかすもの 生クリームのやうなかなしみ
 
わたくしは那辺にあつてだけど那辺に
ないといふうつゝのみある 空がキラキラ
 
草の夢、地に伏すならばなほさら深く
うなだれる 上目遣ひは晶子気取りで
 
もうしばらく耄けたやうに 手持ち無沙汰の
不安ごと眉間に夏を刻んでもいゝ
 
午後零時、けふといふ日を折り返しても
開通はほどゝほいまゝまた砂の山
 
事勿れ主義といふ名の鎧は重く
歩くより沈んでゆけば 来週は晴れ
 
波ひとつ立たない水面 仮死してゐたのは
背びれより尾びれが少し裂けてゐたから
 
水鏡 水面は鏡といふより窓で
水底で見上げた天井こそが愛しい
 
砂時計が落ちゆく夢はきのふで醒めて
舞ひ上がる竜巻だつて起こせさうです
 
あたゝかなサヨナラでせう 陽射しの中で
手離してそして育む見えない毛布
 
物差しは惑ひも惑はされもするもの
お情けを欲しがる卑屈よ、どつかいつちやえ

日常に適合できないことがひとつの
誉れなら、適合してゐる半分はなに?

魂を鷲掴みにされ引きずり出され
知らぬ間に口遊んでゐた el huamaqueno
 
シベリアの原野が続く視界は嫌い
その代はりタッシリ・ナジュールまでも飛ばうよ
 
時に世は残酷なほどモノクロームで
林檎ひとつほのかに染まつてゐるのせうね
 
今宵また立ち立ちはだかつたファタモルガーナ
ヴァルハラへ連れていつてよ、星屑たちを
 
プディングの弾力具合はこの指先で
確かめる やはらかくても潰れない場所
 
絡みつくホンダワラたち、生やした過去は
置いてゆく 右脳にあつたのはサルガッソー
 
座標軸 知らないうちにこゝまで来てゐた
けふからはこゝにスタート地点が移動
 
人間に生まれた宿命、すなはち Citius
Altius Fortius だと 太陽のもと
 
より高く、より伸びやかに、よりしつかりと
飛び越えるものはわたくし 一子相伝
 
至上とも思へたものは寄り掛かり方
てつぺんの記憶が今も焦がれてゐます
 
もう一度なんてあるわけない八年間
もう二度とあの寄り掛かり方はできない

たぶんこの寂しさを飼ひ慣らせなければ
永遠の未熟児でせう だから登るの
 
境界は何処からですか そもありますか
判らない 気づけたものは判らないこと
 
判ることで安心できる でも判らない
ことを知り、やつぱり安心できてゐるから
 
安心はわたしが産んで、わたしにあげる
ご褒美か勲章 バイバイ、共依存癖
 
安心が胸にあるからうんざりするほど
思ひ出すことさへできる けふの灯台
 
そのうちに思ひ出すとふことに飽きるよ
その日まで成仏させてやれなくて、ごめん
 
「風にほどいた髪の先までまだをんなです」 
宛先人死亡と書いたハガキの裏に



BACK  NEXT