心象万華鏡・9/短歌
001:空
これ以上ないほどちひさくうずくまる 窓の向かうは空の隅つこ
002:安心
安心はあさつてのはう向いたまゝこつそり思ひ出す平方根
003:運
憧れはやつぱりフンコロガシだから鞄は持たずに抱へて運ばう
004:ぬくもり
雪だるまゆつくりおほきく抱きしめて あげるぬくもり貰ふ愛しさ
005:名前
名前なんてご都合主義の骨頂で要らないよ 「ねぇ、こゝにゐるから」
006:土
こゝに生まれ、こゝへだけしか帰れない 土の匂ひは地球の吐息
007:数学
等号と不等号との裏表 数学よりも算数の意味
008:姫
姫さまは姫さまだから姫でしかゐられぬ痛み 鉄格子越し
009:圏外
背伸びして両手バタバタ羽ばきの練習、大気圏外の夢
010:チーズ
あまりにも罪深ければチーズさへやたら切ない 罰をください
011:犬
知らぬ間に少し鋭くなつてゐた犬歯を舐める 矛盾のかをり
012:裸足
ただ裸足で逃げてきました 行けたかも知れない未来から逃げました
013:彩
水彩の滲み 油彩の境界線 こゝはあそこでどこかゞ夜明け
014:オルゴール
幾兆のわたしがいまも忘れないカンブリア紀の波 オルゴール
015:蜜柑
この指に剥かれる蜜柑 痛いからスプリンクラーを恨んであげる
016:乱
シナプスが胡乱にすゝり泣く夜は夢の彼方にギヌンガが見える
017:免許
わたくしに発行をした免許証 大地のひとくきとしていま立つ
018:ロビー
ふれられたくちびる軽く結びつゝ コゝロのロビーで流離ひませう
019:沸
凝固点は融点だから沸点は少し酸つぱい May I pass on?
020:遊
お遊戯で雨だれなんてやりました ぽつぽつぽつと過去を棒読み
021:胃
わたしには見えないわたし 胃カメラは憧れといふ嫉妬のカタチ
022:上野
「逃げるなら北 帰るなら南東の港町だ」とカモメ 上野の
023:望
さかさまの望遠鏡はお喋りで後ずさりする未来よ、「すすめっ!」
024:ミニ
ミニチュアのまたミニチュアのミニチュアはなんてゞつかい 銀河系発
025:怪談
怖がらなくていゝよ 眠ればいゝ だから怪談ひとつ謡つてあげる
026:芝
少しだけ自己嫌悪した とりあへず芝生と眉が背くらべ中
027:天国
天国に帰りたいから砂山を蹴飛ばしたあと踏んづけてみる
028:着
決着はぜんぶ無視する 赤道のこつちにあつちから来ればいゝ
029:太鼓
はにかんだやうにゆつくり話す癖 けふの太鼓はそつと震へる
030:捨て台詞
捨て台詞、捨てたい台詞、捨てられない 栞代はりに本の間で
031:肌
いつもよりボタンをふたつ開けたまゝ おいで五月よ、この素肌へと
032:薬
薬缶ではきのふの白昼夢が沸いて 歯を喰ひしばつては笑へないから
033:半
大半は水に流してしまひませう レテ河といふ安全弁に
034:ゴンドラ
こきざみにそよぐ睫毛は穂のやうに、ロープウェイのゴンドラのやうに
035:二重
嘘ならば二重底した棺へと仕舞ふ 今夜も、別れませうね
036:流
例へれば流域一帯洪水でちひさな中州また探してる
037:愛嬌
出し惜しみしてゐるものは愛嬌で 天狗の団扇がとつても欲しい
038:連
跨がうか、いや潜らうか 注連縄はこの魂のリトマス試験紙
039:モザイク
モザイクのやうにだんだん美化される記憶 やりきれないつてかういふのだらう
040:ねずみ
ねずみ色した夕方は舌足らず 口の周りにビスケの欠片
041:血
ぷつくりと血マメができてゐる指を庇ふだなんて 荒野をめざせ
042:映画
どうせなら無声映画で泣きたくて 聞こえてゐるよ、みんな聞こえる
043:濃
ふと思ふ 濃縮還元つてなんだらう あの夏の日がまたとほくなる
044:ダンス
まだ残る大脳皮質がダンスする 太古の空はきつとあるから
045:家元
脊柱が継承をした異端とふ流派の習ひ ぼくは家元
046:練
かさこそと何かが渇いたまゝ きのふまた欠けたあの練炭火鉢
047:機械
真夜中に機械仕掛けの空耳が半べそをかく もう明日です
048:熱
ごめん、まだ熱効率が悪いからおづおづとしか笑へなくつて
049:潮騒
また海が泣いてゐるね、とくちびるを噛み締めながら とほい潮騒
050:おんな
国境は朝でゝ夜に入るドア 匿つてゐたをんなよ、いゝよ
051:痛
痛点は星の数ほどこの胸にあるから 明日、夜汽車に乗らう
052:部屋
さゝやかに途切れた夢は箱庭のミニチュア・ハウスの中のひと部屋
053:墨
息をとめまゆ墨をひく 眉やまのあたりでちよつと砂丘を思ふ
054:リスク
代償はすなはちリスク 手に入れたものゝ数だけ失つたもの
055:日記
騙すならば誰より自分 覚悟すらできないことは書かない日記
056:磨
磨くとはたぶん磨り減ることだから 80年のストップウォッチ
057:表情
こゑのないこゑでも判る、いまどんな表情なのか 雨の夜です
058:八
八月の光と影を探します ブランコ揺れる未来の記憶
059:矛盾
夕暮れにけふ生み出した矛盾だけくちびるにのせ鳴らす草笛
060:とかげ
切り捨てた思ひがしくしく疼くから とかげの器用さに憧れて
061:高台
高台のてつぺんならばもう少し夜の近くへ 東に往かう
062:胸元
胸元に指鉄砲を押しあてゝ 自殺志願ぢやないのだけれど
063:雷
立ち込めた雷雲を睨んだらよぎつた言葉 やぶからばうつて
064:イニシャル
イニシャルはひと欠け残る白い骨 夜明けの前に爪が切りたい
065:水色
水色の空を映して水溜り 怖がらないで海に帰らう
066:鋼
ガラスより鋼がいゝと思ふから絆創膏はきつとはらない
067:ビデオ
早送りしてゐるビデオ これくらゐ何でも他愛なく思へたら
068:傘
くるくると廻せばゆつくり効く麻酔 もう雨傘は空に返さう
069:奴隷
奢りとか高慢だとか面子とか わたしの奴隷はあたくしだけを
070:にせもの
哀しみがどんどん濁つてゆくやうで 時が生み出すにせものゝ色
071:追
追認といふ方法論 何度でも思ひ知らせてあげるよ、わたしに
072:海老
海老反りの姿勢をすれば会へますか シングル・エイジの汚れのなさに
073:廊
永遠の渡り廊下が蛇行してまだ届かない空中庭園
074:キリン
弱いから長い首へと鬣を生やしたキリン 反逆未満
075:あさがお
咲き残るあさがほ 意固地になる積りなんてなかつたはずだつたのに
076:降
音もなく下降してゆくエレベーター 潜水艦はいま何処ですか
077:坩堝
混ぜこぜがあべこべになる 脳髄が坩堝の中でゞんぐり返り
078:洋
東洋の東洋だから西洋で 世界地図的自己中、わたし
079:整形
泣きたくても笑へなくてものつぺらばう 定刻通りの整形手術
080:縫い目
いつまでも答へを出さない臆病が繋がる縫ひ目、ほどく こつそり
081:イラク
いつ・どこで・だれの元へ、も選べない誕生 わたしの隣はイラク
082:軟
敗北は血の味 けふは例へればタコとか軟体動物のまゝ
083:皮
さゝくれを剥けば指だけ見る 爪に残つた皮もわたくしなのに
084:抱き枕
抱きしめてあげられないよ、それなのに 抱き枕とふいびつな心
085:再会
会ひたくて逢ひたくてけふ再会の約束すつぽかさうと決めたの
086:チョーク
線を引く、チョークがぜんぶ終はるまで 揺れる振り子が泣きやめるまで
087:混沌
混沌はあるやうでゐてないもので 裸の王が着てゐた服で
088:句
聞き慣れた常套句ならそらですら言へちやうんだよ いまホイッスル
089:歩
初歩的な疑問は5W1H以下でWHATとHOWを コトコト
090:木琴
あたゝかい毛布のやうに、土のやうに、抱きしめた樹のやうに 木琴
091:埋
琥珀とか化石みたいな森の奥 埋もれてゐる巣箱、探して
092:家族
ゾウさんの家族になつて鼻先でくすぐられたら Southern Circle
093:列
人波に押し流される交差点には時系列なんてないから
094:遠
間近でも越えてはいけない境界は奥ほど広くなる遠近法
095:油
後悔はミシン油が注せなくて明日も軋む予定の扉
096:類
丸で囲む同類項はひとつだけ 二重螺旋のどこかしらが修羅
097:曖昧
熱したらいつかは冷める 曖昧が保障してゐる優しい共生
098:溺
溺愛をしたことあります あの人を通して寂しいわたしのことを
099:絶唱
絶唱はたぶんマリナア海溝に向かつて独りいつかはすると
100:ネット
正直になれない分だけ正直なネットの方程式が愛しい
番外:
極めれば錬金術はマスクメロン 試験管から胎児がぐづる
as天晴娘々@題詠マラソン2004 May,13th