心象万華鏡・7/短歌

やはらかい新芽と睫毛をなぞつたら あの秋雨がとほくでやんだ

ひとすぢの飛行機雲の尻尾へと繋がる眉を無理に支へて

けふはけふ、明日は明日、アリンコになりたい謡ふだけのアリンコ

ボールペン、片目でキャップするやうに 磁石の同じ極たちのやうに

ノーブラでTシャツを着たまゝシャワー 弾けて石榴、やがてはガンモ

存在は世界を穢す宿命で 誰も彼もが背負ふ十字架

押しボタン式信号機、押したまゝ通る車に「あっかんべーっ!」とか

透明な檻でぱくぱく苦しげな鯉も金魚もhyperoxia

 観賞用熱帯魚ならすーいすい ホモ交配の覚悟とゆとり

 怖いつて怯える碇シンジ君 強がるアスカ レイは死んでる

 マザー、全て マザー、誰もが砂の粒 だけど誰もが空の海原

 絶望が導くものはくすぐつたい苔の絨毯 絶望しよう

このけふが100点満点である必要なんてないから たゞ前を見て

 100点のまゝで停滞するよりも、けふの1点、あしたは2点

できるだけおほきく広げた両腕を緩く繋いで逝く春を抱く

見上げれば魚眼レンズの向かう側 天を見据ゑる二つのレンズ

喉の奥、呑み下せない分度器の角がうなじを突き抜けてゐる

近頃はビミョーに涙もろくつて、真珠になれない 巻貝だから

どうしてもあごに梅干できちやうの、こんなのズルいね 水が美味しい

葱坊主、哀しくはない? 天ばかり見つめるほかにないつてことが

 両足を踏ん張りながら笑つてる こんな時だけ猫背も伸びて

 鼻歌は毎度調子つぱづれです フェルマータでね、長調は維持

 まんまるになれない痛みで嫉妬する ダンゴムシとかアルマジロとか

 コンパスが上手に使えないわけは判つてゐます 判つてゐるの

 痛いのはソフトクリームのうづまきがとけるつてこと とろけるでなく

3.14159265...... 割り切れなくて発声練習

 ガスタンク、知らないうちに増えてゐて ゆふべのわたしが産卵したの

 三分の一を掛ければ容積がしづかに満ちる これが退行

 息呑んで人工イクラを凝視してしまふだなんて やさしい憎悪

 グーとグー、チョキとチョキでもあいこ、だけどパーとパーならちよつと嬉しい

 丸い地球 まるく何度か廻るまで、まあるい声でけふも謡はう

けふ朝が来ました 最後の午後以来、手離してゐた小宇宙から

 水平にしたブラインド ため息は儀式なんです、沐浴といふ

 温かくぬめつて濁る沼の中 肺胞の隅々、嬉しさう

 カンガルーのポッケ、蜘蛛の巣、象の鼻、枕元へと並べたいもの

 エウレーカ、天から受けたこの種の抗ひがたい熱 犯されて

 深呼吸してパンプキン・スマイルを お日様に向けとびつきりのを

 ねぇ、どうか見つけてほしい 「ありがと」が溢れてこんなに泣けてゐるつて

 とぢめやみ、まさしく闇であけめやみとふ言ひ訳を空へ捨てよう

 鍵盤が震へる指を拒むからてのひら添へて温めてあげる

 胸の奥の泉にやうやく夜が来て水脈たちが踊りたいつて

 親指に残るアラビア糊の跡 渇望といふ止まり木のやう

 霧雨にほつかりくるまれてゐます こゝは楽園、温室の夢

 ビロードのやうな花びら 精一杯とふ極限が発狂をする

 思春期のわたしが呼んでゐるものはビクトリア湖より生まれる流れ

 あゝなんて素晴らしい夜、わたくしを産んだ私が海亀になる

 新しい風に吹かれて木琴はあした野原で眠るのでせう

 南極の氷河が河口に着いたからちひさな波と踵が遊ぶ

 マラッカの香りを思ひ出せさうで 禁忌の逆は自由ではない

けふからは横断歩道のシマシマをあへて踏まずに歩いてゆかう




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