心象万華鏡・6/長歌   p/meu amiga R

「ほどけない心」の鍵を賜つて やうやく軽い吐息ゆゑ
そつと前髪揺らすのも また指先で直すのも 優しい時間

空白といふ焦燥に蝕まれ 冷えて固まる髄液はゼリィビーンズ
ざらついた摺硝子へと瓶詰めにし続けて来て
渇きゆく虚無の波間にもがいては浮き沈みして
通り雨避けるかのやう蹲るなけない兎

跳ねるけどまた跳ねるけど飛べなくて
時の匂ひを空に嗅ぎ 砂の硬さを土で知る
迷路・迷宮・冥府行
埋まらぬパズル・不安の芽 絶え間なく湧く自責ゆゑ
止まらぬ自問 また自嘲
ネガがポジならポジはネガ 鏡面越しにたゞ惑ひアリスは拒む、成熟を
「懐中時計はその昔とほい岸辺でなくしたの だからごめんね、兎さん」
「ならばあげるよ新しい懐中時計がほらこゝに
だからごめんね、アリスちやん」

ネバーランドに馴染めないウェンディとて、
慰めはひと口齧る毒林檎 自閉の森へたゞ篭る白雪姫も
夢を見て自己逃避する暁のオーロラ姫も
俯いて自己憐憫だけ繰り返すあのシンデレラ
無垢といふ最大級の罪ゆゑに
けふも悲劇の幕上げる赤づきんちやん、こんばんは
愛は憎しみ 憧れは嫉妬の温床、奔放なキャサリンは説く
なよ竹の読みが外れて死傷者がなほも続出
守らうとするほど壊す敗北感
乙媛様がのたまふに、捨てるのならば差し上げる
玉手箱とは会者定離

幼いならば幼さが、純粋ならば純粋が、慈愛であれば慈愛さへ
罪となり得る人の世にまたも旅立つジェーン・エア
「仕方がないわ、誰だつて逃げたくつても逃げられない
過去から、自分自身から」
あなたが一番大好きよ
まだいたいけな心へと鍵を授けてくれたのは架空の国のをとめたち
透ける絆に繋がれた女友達、二次元の
 
大事にしてゐた桜貝 つい思ひ切り握り締め薄桃色の雹が降る
きのふ入り江の赤潮にリストカットを衝動で
ゆつくりゆつくり呑み下し喉に飛沫を受け止めて
瞬膜越しに見る夢がどろんと濁るあんな夜
あの子にこの子、仲良しに恥ぢ入るばかり
「嫌はない? こんな私を嫌はない? 汚いでせう? 行かないで」
鍵をなくしてほどけない

その鍵、あの鍵、どんな鍵?
こんな鍵だと説明をしてゐるうちに泣き疲れ
真昼にそつと諦めた 真夏にじつと我慢した
こらへたことはたゞずつと、もつとときつと、ちつともで
てつとり早くやうやつと とつとゝさつさとこらへても
怖かつたんだよ、怖かつた
みつともなくて ねえ、もつと、ずつと、ずつとね
 
「ほどけない心」の鍵を今廻し、怖さがすつと溶けてゆく
最後の鍵はあなたから 女友達うつし世はこの三次元
かつて来てやがて行く道ひとすぢの梯子の途中、折り返し
ふと射す光、熱を贈らう

三ヶ月 テイクオーバーゾーンほど等間隔の私的記念日
鍵穴は肩甲骨に、尾底骨 マスターキーは開ける専用

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