かなん/長歌


うたごゑに色とふものゝあるがごと
うたはおのづとかをるゆゑ
この胸ふかく孕ませし夜気も
髪へと纏はせし露も指にて掬ひ寄せ
紅をひくやうなぞるのは
あがくちびるにひとしづく宿りゐるうた

かをりませ
過ぎし夏にそ満ちてゐし薔薇水のごと
かをりませ
過ぎゆく夏になほ満つる果実らのごと
かをりませ
来るべき夏に恐らくは満ちゐるらしき最果ての岬に寄する波のごと

日盛るゆゑか
幾歳を経ても手繰れど夏にこそ覚ゆるかをりみな濡るれ
いかに灼けゐるほどゝても
日輪ゆ火ゆ慕はしくなほなつかしきかをりみな潤み濡れゐる

梳く髪にほどけゆく線
緩るかに薄むる輪郭
溶くるならかつて辿りし源ゆ来し方なぞり遡り
いをで在りゐしいにしへを忘れられえぬゆゑならむ

なほ濃く満つる夏の夜は
かつて揺蕩ひこの身など委ねし波と違はじて
あが幾兆のいをとての記憶のまゝに謡ふなら瞼の奥に見ゆる南極

なべて波 来しかた行くすゑ歌、なべて波 あが身とて夏に漂ふかをりすら波
ことさらになほ、なほさらに目指す荒野は海の底 波のしたにも海に降る雪



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