みづかさは増ゆ/短歌


昼と夜は大波小波 残りゐる時、数ふればまた鶏が鳴く

土のうへに現れ初むる存在の証 右手を左手としつ

地に這ひて凝視しゐるは空ならむ この身の先に広ごる空を

吸へば吐く 三次元にて二次元の影あればこそ、いまこゝにをれ

上背に勝りつ負くる永遠に 雨は天より賜れるもの

東へと伸びゐれば消ゆ 消ゆるたび刹那に自転する砂時計

いまだ見ぬ扉は在りぬ 見たくなどなけれどしばし呼吸を止むるも

階の現れ消ゆる不確かさ 登る・登らぬ・登れぬ、狂気

忍び込む夕の蜉蝣 夜更くれば緩るかに地は沈みゆくやも

いかほどの安らぎならば 月赫くおほき夜にこそ餓鬼にしならめ

また潮が満ちをり 止むを知るまいとするがごとくに自問の潮が

海流に頼れぬ航路 海ゆけば断つを欲れども舫へる思ひは

あか汲みを握りて惑ふ 汲み出だすものあらばそはわれに他なし

わがうへの空に北極星はなく 両眼瞑りて走りたけれども

柘榴よりもいづれ朽ちゆく柿なれば 闇に香れる哀しみ、ひとつ

立つことの逆らふことゝの等しさに今宵、砂漠化しゆく枕辺

みづからを欺き進む道はあり しやがみたき日はあへて泣かまじ

ゆくほどに狭まる道を自づから集ひて棘もつ豪猪ゆく

澱の降る瓶詰め わが身は醸されて透くるを望みたしと思ふも

日向には棲めぬ鬼子は闇にこそゝの在るまゝを解き放ちゆけ

喩ふれば朝の冬空 独りにて歩み来られしけふなるを思ふ

太陽と北風 いまに欲りたきは黙してなほも踏みしむる土

独りゆゑ歩まれぬ者、独りゆゑ歩まるゝ者 冬を乞ふ、なほ

人刺せぬ刃を研ぎぬ 赦されば風化するごとわれ崩るらむ

みづからを咎人とせむ 手の甲を噛めば痛きを得らるゝぬくみを

この身からひとつ降ろせる錘にて世界にひとつ増ゆるみづかさ

水底に沈めるいにしへ ひとである轍あるいは碑ゆゑの

静寂の長きに星へ背を向けつ、耳を覆ひて暖流を聞く

潮音は波の上をゆく幾百の羽音に濁る な哭きそ泣きそ

遠浅の波として生り遠浅の波として終ふ ひとも、世界も

越えらるゝ川あればまたえ越えざる橋あり 共にえ往かざるひとよ

日向にてほどくるこほり 目閉づれば北の大地の針葉樹林は

消し忘れしストーブ なにをか寒きとぞ覚えゐるかや、朧夜ひとり

角ぐめる葦でありたし ひと時も容赦なくある星の巡りに

逃るゝを欲らばなほこの髪乱る 在るを見つめば無くならるゝか

ひとすぢのうへしか歩めぬ 逸るゝこと、下ることには永久にえ遭へず

ゆくほどに知りゆくとほさ とほければわれなりゆくは晩夏の穂絮

空ひとつなれば野に生れ群れ翔べるあきづ いつしか銅鐸は鳴く

石窟に、また銅鐸に 曲線は悠けき熱を孕める残響

風上に向かひて宵の香を手繰る 潮ゆ懐かし、熟るゝまみづは

水牢に繋がるを世は誕生と負へり 風にし吹かれ初めし日に

触れらるゝ圧に憩へばわがはだへ遍き熱は虚空を恐る

知りやうもなきをしいまだ覚えゐる水族館のごとく 鏡像

かぜ恋ひば、みづを慕はゞ、ひと知るらむ いづくゆいつゆ来ぬるかけふを

海鳴にいにしへは啼く 尊きは風に抱かれよ、のちには土に

凝らす目に沖は光りつ、しづもりつ、いたくな招きそ いづれはゆかむ

土塊を握らずにゐてほぐれゆく刻限を待つ 半跏思惟はも 

慾をこそ棄てたしと思ふ慾捨つれ 寄らば離るよし寄らざりて寄れ

風見鶏 従ふゆゑに叛くほかなければこそに空に守らるれ







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