心象万華鏡・118/旋頭歌


「ない」、だから得られるものは慈愛あるいは恩恵と 無といふ至上の海に生まれた

無の河を越える歩幅はおほきく、そしてちひさくて 河がないなら足を失くさう

地に根ざし跳ばないことで空を飛べるといふことを叶へたんだね地 原生のゝちに

空までの等間隔にもうさゞ波は招かない 沖の小島の孤独は、愉楽

両足もないからかつて獲得をした 天と地といふ永遠の軛に換へて

画用紙に海を甦らせたいなんて不遜ですか 世界にたくさんあをはあるから

向上といふ名の世俗も、まやかしもある 夏空と呼ぶには早い空に溺れて

体温にとほいまみづが背中の奥を流れおちて 握つた砂を離せずにゐる

たましひの貯金箱、まだ重たくなくて、割りたくない 頬を伝はずひとつぶ、涙

三次元に生きてゐるから知らないうちに抉る でも見返りぢやなく、信じたいだけ

ヒトといふ器の端つこ 頬杖ついて後悔の温度を背中に感じるのが好き

選べない哀しみ幾つ? 選んでしまつて哀しみも幾つ? カップのホットミルクが

小刻みな階段 空に見えないからこそ見えてゐる標識たちの向かうの河へ

薄れゆく恐怖、すなわちそれも恐怖に変はりなく 流れる雲の流れ方、なぞる

みづからを抱くやうにして宥めるうづに 人として在れば在るほど背徳なのだ、と

雨の匂ひ 緑の迷路は上陸をしたあの日から世界の螺旋を謡ひ続ける

傘なんて持たなくていゝ、ほらかうすれば一緒でせう 欠けても、欠けなくても、星の海

突つ伏してしまひたいのです 根つこも尻尾も喪つた時間の帯の岸辺に、瓶詰め

天空を湛へて ぼくの水槽がまだ臆病でゐるのはちやんと知つてゐるから

切り崩す時間の地層は掻き消えさうなこゑで啼く 眺めた海に凪が来てゐる

世界にはすべて根拠があるのだといふ 例へばその葉の色だとか形のやうに

覚えてはいない 恐らく最初の色はあをだらう、懐かしさとはあをみどりだから

色を持つ哀しみはある 風や、みづや、ひかりにもなれるはずない証こそ影

あれもこれも失くしてしまつた傷みだといふ傲慢に ぼくらは色を知りながら知らない

ぼくはたぶんぼくの器にいつまで経つても馴染めさうにない ひとつぶのしづくになれたら

影法師、見るたび強くおほきくなつてゆくやうで 壊したくても壊さない瓶

瓶詰めになるのは愉楽 ゆつくり満ちるみづかさが消えかけてゐた火を暴いてくれる

飛び方に決まりはなくて思ひ出せない飛び方をさがすのはもう、やめよう 走れ

過ぎ去つた熱帯、けふからきのふと別の熱帯にやつて来ました こゝも真ん中

くゞもつた熱で気化したものは迷路とその残像 世界に抱いてもらへばいゝ、と







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